LETTRES AUX PETITES COUSINES
JABOT
TU ES BETE
LES CARTES POSTALES
水のプリズム
クリスマスの贈物


Billet
ちひさな人魚が漂流いたしました
それで私の脳髄はたいへん音楽的になつてゐます

しかしすべての人魚はすべてのマンドリンではないのです

海が霊魂の微笑を松の葉らのなかに揺つてゐる
海は聰明だつたのです
彼女は心臓のかはりに水平線を絞めあげた

噫!

海は救はれました


夏の一夜

詩よ! 私は呼びかけるのです

飾窓の硝子には彼女たちのイニシアルを書いたのもあるので

僕は晴れた夜が懐しいのです

しかし街ではすべての硝子がダイヤのクヰンではない

プラタナスの葉が初夏を噴きあげてゐる
青いろの麦酒のやうに そして彼女の帽子を染めるほど

あ?

トラムプは切れました

言葉
夏にはラムプシエエドを買ひませう
僕たちの そしてあなた達の美しい指を見るために
星の街では爪が貝殻で出来てゐる天使もあるのです
我儘なみすぼらしい天使よ
それはあなたなのです
アカシヤの葉の波の影で本当の美爪術もするのですが

さはると傷がつきますよ
これは鉛筆で書いた簡単な天使でもあるのでした


桃の皮

夜のテニスコオト
それは街の透明な沙漠でした

若しもラケットがシャボテンであつたら
あなたよ!
と僕はラケットを振るでせうか

今夜はなんて暑いのだ

けれどもしかしシャボテンに
青い花が咲いたとしたら

街の親友たち
僕たちは彼女たちのために水色の帽子を買つてやりませう

夏の散歩道
またふたたび街は午後6時です
街灯がいつせいにオレンジエエドを温めた
若い従妹たちよ
いかに辛い思ひをあなた達はするか
あなたの靴の白さが白鳥なら街は硝子のスクリインだつた


しかし骰子を僕は振らう
自転車が走る
自転車がパンクする
不安な最初の接吻が僕らの未来を占ふなら
ポストがパイプをくわへるだらう
けれども街のボオトマンたち
そんなに透明な街のなかのそんなに静かな森の秘密を誰がしるか
ポイント型の爪が僕らの愛に傷をつけるかもしれないので
僕は今でもありふれた平凡な夢を愛してゐる

美しい秘密
彼女たちは美しいことが何であるかをよく知つてゐて
不意に写真機のなかへ真逆に墜ちて来ます
(パラソルの骨も折らずに)

かうした現実が僕の夢でもあるから
貴女の白い破片が何になるかヴィナスよ

生活よりも軽く物質よりも重い夏
夏は恋の季節ではないのですが
あなたの愛が扇のなかから生れるなら
真実ヴィナスも貝殻のなかから生れたのかも知れぬ

冒険的な眼たちのなかにあなたがゐた

口笛
夏は美しい季節でした

物質は重く生活は軽いのです
街の従妹たちよ
そこでは星と林檎がいり混り
そしてあなた達は失はれた花束にすぎません

僕は? あなたは? 好きなのですね?

しかし だが
カメラのなかに月が出たら
動いちやいけません

軽いテニス
ボクさ! こう言つて僕は電話をかけます
羚羊も星もゐないのです
また僕の黒檀のステッキが夜へ―夕暮れのペイヴメン
トをエスカレエタアのやうに動かすのでーそれで銀座
には特別にはやく夜が来てしまふのではなかつたら
あなたの不思議なサンチマンで起重機を僕の方へ廻して
くれないかしら
いつもユニホオムの純潔であるために
僕のアミ達は純白のネツトで僕の空想を切れぎれにして
くれるのだらう
やつぱり泥棒は正しいのです
煙突の周囲をめぐる卵型の雲がひとつ
涙をつくる吸入器

まあ!
君は煙草を喫ふにも意味のない言葉をもつて僕を偽るのだ

海の日記
朝はジレットがつけた青い小径から瞼のなかにはいつて来る
緑の化粧水が僕の掌を凍らせた

ボンジユウル おはよ!
それは本当に八月の海だった
それはレモンの太陽の下で
静かに廻る空色のメロンぢやないだけだつた

遠いビイチパラソル
熱い砂の上に
僕たちは美しい影の日記を書いた
1

空が金髪を縮らせる
僕はここに!
馬が駆けりながら軈ては石膏になつてしまふのだつた

2

僕は菫の花瓶から朝の水を飲む

Bonjour cher ami!

窓を展くと青天がゐた

3

太陽のあるところ春はすべてにあるだらう
親友よ 君らは進んで行きたまへ
詩が
ひとつの優しい悔恨が君らをここに呼びかへすまでは

六月の蜜柑水
永遠に咲かない薔薇がないやうに
詩よ! 僕の指にも咲きたまへ

夏の優しい夕暮れに
花束を買ふ街のひとたち

あなた達の静かな頬に咲く
微笑のやうに微笑のやうに

Bonne nuit
彼らは優しい青年だつた
あなた達の愛した宝石のやうに
敏感な胸をもつた星なのです
オレンジ色のボンネの人よ
彼らの若さが何であらうとも
誰も午後の静寂を夜の沈黙を愛しません
バルコンの薔薇の樹ばかりにほやかに
なむさん
月はあつけらかんとのぼつていきます

夏の心
菫のための菫
それは全くふさはしいのだ
自動車の扉をひらいて
春が永遠の方へ降りるのを
いくたびか僕らは見たのである
電話のベルも待たずに僕らは出かけよう
白いピラミッドの明滅する青いろの砂漠に憧れて
こうして僕達の花ひらく精神も
気品ある青春も
いづれはスフィンクスの愛のために
敢へなくなつてしまふのでした

海のスキャンダル
夏には気儘な僕たち
貝殻で賭ける優しい言葉も
彼女たちの未練なカンニングのために
みんな壊れてしまひます

Belle de Jour
滑らかな湖水をめぐるリラの花
ひとつの優しい悪意が
ブロンドの波を縮らせるのです
貝殻の
ボオトを漕ぐ若い水夫よ
鳥たちのちひさな啼き声たちよ

海のパルク
彼女の襟のブロオチは
あれは何の花であつたかしら

若いマダムよ

あなたの左の手の上に
金の時計を光らせなさい

若葉の街の詩人たちも
やがて夏には死んでゆくのだつた

月夜の青い砂の上
快活な夏と僕たち

Une bienseance
十月はボオトに乗つて帰つて来る
Bon soir madame!
こんばんは
なんて軽妙な僕たちよ
ソワレエのひとときに
やがて悪魔の月がのぼる
またしても恋の一斉射撃の真只中に
ひとたまりもなく死んでいくのでした

ピアノの太陽
若葉の街に
軽い憂愁が漂ふ
菫よりも軽く
緑の靴の光る間も

そして僅かに
パイプの上に
新しい過去の電話のやうに
軽い響きをひびかせて

かつて忘れた瞼のひとを
またとり戻す
微風のなかに
白い陶器のノブを廻す

友よ
これはひとつのエスキイスである
軽い朝の十時に
銀のロケットで終つてゐる
あるアパアトの三階の
タイプライタアの傍の
ソオダカップに咲いてゐた
アネモネの一束の思ひのやうな

山のロマンス
山では百合も手袋をはめてゐる
だのにキャムプの彼女達は
斧で胡瓜を料理する
茨の藪で
小川がラムネの瓶のやうに鳴る
僕はちよつと嘘をつき
麦藁の帽子のなかの
牛乳と林檎を失敬する
友よ
あ 道をいそがう
向日葵の咲くヴィラの村で
郵便機が雲にじやれてゐる

朝の CHANT
シイプルの上に
朝の郵便機が光りの直線を引いた
遠い山のアミのために
僕はコロナのタイプライタアを打つてゐる
一本のアブダラを喫ふそのひまも
スヰトピイの花花の上で
電話のやうに唄つてゐる
ガラスのやうな
透明な人よ

新しい一日
菫の花に頬をよせて
朝の食卓で Membranologie と言ふ書物を読み
そしてあなたは
白い細い階段のある街に住んでゐた

彼女の緑のタイプライタアと
ダントン風の外套と
ゲルベゾルテと口笛は
その生活の頂点だつた

透明な日の午後に
あなたの小さなテラスが光る
糸杉の並木の上にヨットのやうに
それは雪にみちた

十月のノクタアン
つひに意味なく秋でした
ペイヴメントにアパアトの窓に
プラタナスの葉は散るだらうか
タイプライタアのやうな音をたてて
口笛を吹かう
過ぎた日の美しい恋が貝殻なら
壊れた貝殻は何の諷刺だらう
雲が飛ぶ
月がちぎれる
電車がヴァイオリンの真似をする

Chapeau d'Automne
秋がくると
僕はパイプに Des Ancres の煙草をつめ
落葉する街の舗道を歩いた

遠い海での白い日日
貝殻の眼鏡をかけた午後
モロッコの風が流れ

コップとコップの間で
僕の僅かな思ひ出が
翼あるシャボンのやうに光る

軽いロマンス
菫の花の匂ひのする
若いアミの傍で
洒落たグライダアについて考へる

「僕のグライダアを何いろに塗らうかな」
「ゴリラいろにお塗りなさい
お ゴリラいろのグライダアは釘抜きのやうに空をすべり
一杯の熱い珈琲が
僕たちの意味ないわらひを温める

友よ
かうしたひと時の
またかへらない淡い日を惜しみ
ちひさな町の公園を横切つたことがあるか
それは落葉にみちた

秋のスピイド
落葉が頬にちつてくる
プラタナスの道のゆきかへり
僕はふと上空を見た
一台の郵便機が虹の弧を描いて
街を去つていく
友よ
ただ何となくマカロニイを食べよう
この夕暮れの水いろのひととき
1

彼と彼女
それは一対の白い貝殻だつた
ハンチングの影のフランス
七月の町が海でのやうに頬を焼く

2

あなたは白い建築だつた
サボテンのある白い室内が
僕に夏を告げてゐる
じつに青い青い空
レモンの匂ひが僕の頸をすこし硬くした

3

彼女は純白のパンプスをはいてタイルの上で野菜を切る
彼女の理知的な料理が白い雲の下で生きてゐる
友よ
この正方形の生活が僕に八月の海を思はせるのだつた

Chanson d'Avril
四月は花の季節

かなしみに風におもひに
夢の縞ある季節です

日に色かはる思ひでに
若さをそへて売つてしまふ

街角の花屋の若い売子たち
アネモネに薔薇に菫に

住所録
すべての不幸な恋がさうであるやうに
貧しさとジェラシイが僕らの恋の資本でした

御機嫌よう さやうなら

ひとつの誓ひ ひとつの夢が
どんなに僕らを隔てるだらう

朝の挨拶
私はきのふ銀座をひとりで歩きました と書いてよこした人へ

僕はふと足をとめてみた 飾り窓をのぞいてみた
あなたがまだどこかに居るのではないかと思はれる そんな朝
硝子に揺れたプラタナス

Paul et Virginie
愛してゐるわとも言はないうちに
とうとう雨になりました
愛してゐますとヴェランダの鸚鵡が言つてくれるでせう
彼女の頬を染める虹
彼は口笛を吹いてゐます

Chanson Everglaze
少年の日のコップのなかに
五月の空がうつつてゐた

かの女の菫 かれのマドリガル
かれのちひさなミラクルと

かれらの恋の思ひ出が
いまもかすかにのこつてゐます

僕は孤独な王マイダスである

春の葉書
銀座の白いアヴェニュウは
ガラスの風が吹いてゐて
ぼくらの夢を切つてゆく

朝の十時
コオヒイとパンの匂ひが街にながれ
飾窓の菫の花の
そこだけが
ガラスをよぎるシャルマンな
女の声で影になる

香水
このシイプルの薫りが
いつかの森の思ひ出を
また再び現実にかへしてくれますやうにと
糸杉よりも優雅な人よ
私は雪の街からこれをあなたに贈ります

頸飾
この黄金の縁(ふち)飾りのなかで
僕たちは現実を夢にかへ
夢を現実にかへては遊びませう
無情な人よ

薔薇
薔薇は花の女王です
美しいマダムよ
そして恋は人間に咲いた薔薇の花ですね
それだのに あなたの軽いひと言の刺が私を刺してしまふ
それでたぶんこの薔薇は紅いのです

マフラア
あなたの赤いマフラアは恋の合図にはならないでせう
僕の黄いろいネクタイが訣れのしるしではないやうに
コロンビイヌとドンファンで
ぼくらはなくてなんでせう

あ ボオドレエルの雲がながれる

手套
山梔(くちなし)の花より白い
この白鞣(しろなめし)の手套は
永遠に涸れることのない幸福の
泉にうつる純潔のしるしです
若さとともにいつまでも
それがあなたのものであるやうに

何かに添へて
あなたがうまく打ちかへす
ロオンテニスのボオルのやうに
青春の日日よ
緑の丘のかなたに 去つた若さがかへるならば
私の愛もひとひらの白い雲にも似るでせう

美女より
この金口のメラクリノの煙でもつて
あなたを縛ることが若しできるなら
それをしたいときも随分とあるわ
角(つの)も蹄(ひづめ)もないのだけれど
優しい野獣なるあなた!

詩集 若いコロニイ 再刊の覚書
この詩集の初版は一九三二年八月二十日 ボン書店から発売された。内容は詩十九篇、二十七頁・大きさは十二cm×五cm の小さな詩集であつた、同じ装幀で五冊ほど出たが、これが最初の一冊であつて、装幀はその頃ドイツで発行されてゐた DerQuerschnitt 誌に掲載された石畳と自動車を高いところから写したモホリ・ナギの作品が、タイトルの色刷りの部分を二cm ほどのこして一杯にはひつてゐる。表紙と検印紙の人魚のデザインは僕のものである。詩集の形がちひさいのと、小部数のものであつたために現在のこつてゐるものは非常にすくなくなつてゐる。このたび国文社の希望により再刊するに当つて、当時この詩集からもれてゐた同年代の作品二十四篇を加へて完全なものにすることが出来たことを感謝したい。 
一九五三年六月二十五日

北園克衛